2025年6月15日の礼拝宣教から
「走り寄る父の愛」 ルカによる福音書15章11-24節 津村春英牧師 「見失った羊」、「なくなった銀貨」のたとえに続く「いなくなった息子」のたとえは、「放蕩息子」のたとえとしてよく知られています。前二者に比べ、意識的に...
「走り寄る父の愛」 ルカによる福音書15章11-24節 津村春英牧師 「見失った羊」、「なくなった銀貨」のたとえに続く「いなくなった息子」のたとえは、「放蕩息子」のたとえとしてよく知られています。前二者に比べ、意識的に...
「喜びを分かち合う」 ルカによる福音書15章1-10節 津村春英牧師 「記録より記憶に残る選手になりたい」と言ったミスタープロ野球、伝説の人が亡くなられました。人々の心に残されたものがあることでしょう。主イエスは弟子たち...
「主イエスの弟子であること」 ルカによる福音書14章25-35節 津村春英牧師 戦後、進駐軍の政策もあり、多くの人がキリスト教会に何かを求めてやってきました。得られなかったのか、期待外れだったのか、多くの人が去って行き...
「招かれて食事をする者」 ルカによる福音書14章12-24節 津村春英牧師 主イエスがファリサイ派の議員に食事に招かれた際、客の一人が、「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう」(14:15)と言ったので、主...
「むしろ末席に」 ルカによる福音書14章1-11節 津村春英牧師 安息日は十戒に定められ、文字通り安息の日であって労働が禁じられました。それは神さまの愛のご配慮でした。しかし、後に細則が加えられていき、安息ではなく窮屈な...