2025年3月22日の礼拝宣教から
「十字架と忘れ得ぬ人々」 ルカによる福音書23章26-43節
津村春英牧師
スイスの精神科医だったポール・トゥルニエは、「私にとって一番大切なのは出会いだ。人との出会い、思想との出会い、自然との出会い、そしてそれらすべての出会いの背後にある神との出会いである。」(『人生を変えるもの』山口實訳、ヨルダン社、1999年、23頁)と言っています。
今日は、イエス・キリストの十字架刑の場でイエスに出会った二人に着目します。まずは、たまたま畑から(以前の訳は「田舎から」)帰ってきたキレネ人シモン。彼は、イエスが刑場に引かれていく途上で、イエスの代わりに十字架を背負わされるのです。マルコ15:21に「アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人」とあり、ローマ16:13に「主に結ばれている選ばれたルフォス、およびその母によろしく。彼女は私にとっても母なのです。」との関連で、下線部が同一人物だとすれば、この出来事は、シモンとって大きな転機になったと思われます。他の一人は犯罪人で、死刑の直前に、人生の最後の最後に、十字架上でイエスに出会い、悔い改めた人です。彼の命はそこで絶たれますが、イエスに、「あなたは今日わたしと一緒にいる」(43)と言われて、彼は救われるのです。私たちも、ここでイエスに出会い、「あなたはわたしと一緒にいる」とのみ声を聞いて、こころ新たにされて、再出発しましょう!
2025年3月15日の礼拝宣教から
「罪なきお方」 ルカによる福音書23章13-25節
津村春英牧師
東日本大震災から15年が経過しました。亡くなられた人々は、なにゆえに命を奪われなければなかったのでしょうか。命の尊さを考えるときでもあります。
ローマから遣わされていた総督ピラトは、エルサレム当局者たちの、民衆を巻き込んだ「その男を十字架につけろ」という要求に負け、彼らの意向どおりに、犯罪人のバラバを釈放し、イエスを引き渡します(24)。このやり取りで、ピラトが、「この男には、何の犯罪も、死刑に当たるようなことも見いだせない」(14,15,22)と三度、断言するところが特徴的です(なお、16節の「鞭」は原語になく、23節「声はますます強くなった」は、「声がまさった」、25節「好きなようにさせた」は、「彼らの意向どおりに(引き渡した)」が妥当な訳)。
N.T.ライトは、「イエスは、暴力的な反逆者が受けるべき死を死んでゆくことになるのです。…ローマの不当な裁判と、すべての人間のシステムを覆すところの神の不思議な裁判のもとに、人間の慈愛が届かなかったところに神の慈愛が届くのです。」と書いています(『すべての人のためのルカ福音書』pp.412-413)。「罪なきお方」が、バラバのような暴力的な反逆者が受けるべき死を見事に死にきることによって、それが自分の身代わりであると信じる人々を救うのです。この愛、あなたに届いていますか。
2025年3月8日の礼拝宣教から
「ヘロデとピラト」 ルカによる福音書23章1-12節
津村春英牧師
先月末、米国とイスラエルがイランを空襲し、全権の最高指導者が殺害されました。紀元前2世紀のユダヤにも大祭司と国家元首と軍司令官を一人で占める時代がありました。主イエスの時代になると、実質的には大祭司を頂点とする最高法院が治めていたものの、エルサレムはローマ帝国の直轄地となり、総督が遣わされていました。死刑執行はローマの手によらねばなりませんでした。最高法院から送られたイエスを総督ピラト(聖書外の記述では悪代官)は尋問しますが、イエスがガリラヤ出身者であると聞くと、過越の祭でエルサレムに来ていたガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスのもとに送り、責任を回避しようとします。イエスから狐と呼ばれたヘロデ(ルカ13:32)も、自分の兵士らと共にイエスを侮辱したあげく、王のようなきらきらと輝く衣を着せ、ピラトのもとに送り返しました。この日、ヘロデとピラトは仲良くなったとあります。
この二人は、イエスと出会いながら全く変えられませんでした。聖書には書かれていませんが、後にピラトは解任され(A.D.36)、ヘロデも流刑になります(A.D.39)。他方、後年、パウロは、復活された主と出会い、迫害者から宣教者へと大きく変えられ、今日の世界の教会の礎を築きました。では、私たちは、イエス・キリストと出会って変えられましたか。また日々変えられていますか。
2025年3月1日の礼拝宣教から
「二つの回答」 ルカによる福音書22章54-71節
津村 春英牧師
42年前、滋賀県日野町で起きた強盗殺人事件では、強要された自白にもとづき犯人とされた人物の無期懲役が確定し、その人は服役中に死亡しました。ところが、先週、最高裁がその裁判のやり直しを認める決定を出したそうです。
主イエスは、ゲッセマネの園でユダヤ当局者の手によって捕えられ、大祭司の家に連行されました(およそ上六の交差点から当教会までの距離)。こっそり後をつけていたペトロは、その中庭で、傍にいた者たちから主イエスとの関係を追及され、恐怖心から、「まったく面識がない、そうではない、あなたの言っていることが分からない」と答えてしまいます。それは、イエスが予告されたことが現実となった瞬間です。ペトロがそう言い終わらないうちに、イエスが振り向いてペトロを注視されると、ペトロは外に出て、泣き崩れたとあります。
次にイエスは、最高法院に連れ出され(cf.マルコ15:1)、「お前は神の子か」と自白を求められますが、イエスは、「わたしがそうだとは、あなたがたが言っている。」とお答えになりました(70)。決して逃げ出さず、権力に屈することもなく、弟子たちのために、そして私たちのために、十字架への道を進まれたのです。私たちは、キリスト者(語義は、キリストに従う者)として、どこまでも、主イエス・キリストについて行くことができますか。
2025年2月22日の礼拝宣教から
「試みに陥らないように祈りなさい」 ルカによる福音書22章39-53節
津村 春英牧師
主イエスご自身だけが知っておられた十字架刑を前にして、主の苦悩はクレッシェンドのように高まって行き、その極みが「ゲツセマネの祈り」です(cf.マルコ14:32)。ルカ福音書では、「誘惑に陥らないで祈っていなさい」の主の言葉が二度繰り返されています(40, 46)。「誘惑」の原語「ペイラスモス」は試練と誘惑の両方の意味があります(cf.ヤコブ1:12試練, 13誘惑はその名詞形と動詞形)。多くの邦訳や英訳では「誘惑」temptationと訳していますが、弟子たちにとって、「誘惑」とは具体的にどういうことなのでしょうか。その場で眠ってしまったことでしょうか(45)。この場に及んで一般論を言われたのでしょうか。そうではなく、十字架刑という出来事による苦難が、彼らの信仰を揺さぶる試練となるからではないでしょうか(他のものに頼ろうとする誘惑?)。
ガリラヤからエルサレムへと進む途上で、日毎に増大していったおびただしい数の追随者、弟子群は、主イエスの十字架刑の前後で四散し、圧倒的に少数になってしまいます。つまり残った弟子たちに、今までに経験したことのない大きな試練がやってくるのです。ですから、主イエスは、「試み」に陥らないように(原語は「入り込む」、そこから抜け出せなくならないように)、祈っていなさいと教えられたのではないでしょうか。私たちの場合はどうでしょうか。