「感謝の極み」 ルカによる福音書20章41節-21章4節
津村 春英牧師
「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」(サムエル記上16章7節)ということばがあります。主イエスは、ある貧しいやもめがレプトン銅貨2枚を献金箱に入れるのをご覧になり、「この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」(21:3-4)と言われました。
レプトン(複数形レプタ)はローマ帝国の最小の銅貨で、傭兵の1日分の賃金1デナリオンの128分の1の価値でした。しかし、このやもめにとって、2レプタはその日の生活費だったというのです。彼女が夫を亡くしたことは不運でしたが、決して不幸ではなかったと思えます。貧しいですが、人に頼るより、ひたすら神に頼る道を見出したからです。彼女は2レプタを、強いられてではなく喜んで献げました。それは彼女の「感謝の極み」の表現でした。
私たちも、主イエスの十字架によって罪ゆるされ、救われ、天の御国へと招かれていることに感謝しましょう。たとい不運と思えることがあっても、主イエスが共にいてくださるので、決して不幸ではないのです。やもめは救われていることへの感謝を神に向かって最大限に表わしました。私たちの感謝はどの程度でしょうか。新聖歌249にあるように、主イエスは自分の全てでしょうか。