2022年4月10日の礼拝宣教から  

「契約の血」 マルコ福音書14章22-26節

津村春英 牧師

 四月に入り、さまざまなものの値上げが続き、光熱費も上がっています。これは、原油価格の高騰に起因する物流費や原材料費の値上がり、円安、それにロシアのウクライナ軍事侵攻が原因だと考えられますが、三つ目については、私たちは口先だけでなく、「痛みを分かち合う」という意味で、受け入れる必要があると思われます。

旧約聖書で、モーセは血を取り、民に振りかけて言いました。「見よ、これは主がこれらの言葉に基づいてあなたたちと結ばれた契約の血である。」(出エジプト24:8)と。他方、主イエスは、この出エジプトを記念する過越の食事のときに、杯を取り、弟子たちに与えて約束されたのです。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」(マルコ14:24)と。この新しい契約は、主が身をもって十字架におかかりになり、罪を贖うことによって実証されるのです。ここに、今日の私たちの救いがあるのです。讃美歌第二編231番のように、私たちの「罪、とが、不義、やみ、はじ、けがれ」という足かせ、手かせ、首かせは、主の十字架によって打ち砕かれ、私たちは痛み、苦しみから解放されるのです。心から主に感謝し、苦難の中でも希望を持って歩みたいと思います。