2021年8月29日の礼拝宣教から

「この戦いは主の戦い」 サムエル記上17章41-47節

牧師 津村春英

昨日8月28日は、1963年米国ワシントンD.C.で行われたいわゆるワシントン大行進の記念日でした。Martin Luther King Jr.牧師の演説は有名ですが、人々は “We Shall Overcome.”(私たちは勝利する)と歌いました…。人生は見方によれば戦いの連続です。人は戦いの中で生きているとも言えるでしょう。

 紀元前1000年頃、古代イスラエルの民が西岸に住むペリシテ(パレスティナの語源)人と対峙している様子がサムエル記上17章に描かれています。身長が3m近くもある(6.5アンマ)ペリシテの戦士ゴリアテの前に、立ち向かう者はイスラエルの中で誰もいませんでした。ところが羊飼いである(17:34)少年ダビデが果敢に進み出て、こう言ったのです。「この戦いは主の戦いである。」(同47協会共同訳)。ゴリアトは「主」に挑戦しているのだと明言しました(同26,36参照)。ダビデは、ライオンや熊から守ってくださった主が今回も守って下さる(同37)との信仰の確信に立って、剣や盾ではなく、いつもの羊飼いの武器で、ゴリアトを打ち負かしたのです。

コロナ禍との戦いも、主の戦い、言い換えれば主が共にいてくださる信仰の戦いではないでしょうか。この信仰をもって前進しましょう。