2021年1月17日の礼拝宣教から   

『キリストにある新しい生活』 ローマの信徒への手紙12章1-8節

牧師 津村春英

「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、…自分を過大に評価してはなりません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の度合いに応じて慎み深く評価すべきです。」(ローマ12:2, 3)とあります。下線部「度合い」はギリシア語メトロンで「秤」の意です。各自に与えられているのは同じ信仰の秤なのです。人によって秤が違っては困ります。

三浦綾子さんは瞬きの詩人と言われた水野源三さんのことを次のように書いておられます。「伝道に必要なものは必ずしも、雄弁に語り得る口でもなければ、どこへでも歩いて行くことのできる健脚でもなかった。自分でペンを持つことのできる手でさえも、真に必要なものはものではなかった。無論それらは、重要なものではある。が、それ以上に重要なものを、私たちは忘れていた。それは自分が罪人であることの意識であり、その罪がキリストの贖罪によってゆるされたことへの感謝である。水野さんの胸には、その感謝、喜びが溢れていた」(『み国をめざしてー水野源三第四詩集』の序)。これこそ、信仰のメトロンであり、「キリストにある」「主にある」ということだと思います。今日も、キリストにある新しい生活の一歩を踏み出しましょう!