「目を覚ましていなさい」 ルカによる福音書12章35-48節
津村春英牧師
「主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。」
(12:37a)「あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」(同40)と主は言われました。これは主の再臨される時に、目を覚まして見張っているキリスト者は幸いであるという意味です。そして、「主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。」(同47)とも言われました(下線部:御心)。
マタイの福音書25章14~30節の「タラントンのたとえ」も同様の話です。ここでは、ある人が旅行に出かけるとき、僕たちにその能力に応じて自分の財産を預けた結果、能力に応じて商売をして倍増させた僕は、「忠実で良い僕」とほめられますが、何もしないで地の中に隠しておいて僕は「怠け者の悪い僕」と叱責され、預けたものをすべて取り上げられたとあります。ルカでは前者を「忠実で賢い管理人」(ルカ12:42)と呼んでいます。
広辞苑によると「自覚」は、「自己自身の置かれている一定の状況を媒介として、そこにおける自己の位置・能力・価値・義務・使命などを知ること。」とあります。私たちは目覚めていますか。神様から与えられている自分の使命(御心)を自覚していますか。「忠実で賢い管理人」と言われるよう励みましょう!