「偶像から自分を守りなさい」 ヨハネの手紙一5章21節
津村春英牧師
1517年、M.ルターはヴィッテンベルク城教会の門扉に、「95箇条の提題」をはりつけて、時の免罪符(贖宥状)に反論し、人が救われるのは「信仰のみ」であることを主張しました。今朝のヨハネの手紙一の最終節は、何の前置きも説明もないまま、唐突に、「子たちよ、偶像から身を守りなさい。」(5:21聖書協会共同訳)と命じています。偶像とは英語でアイドル、その語源のギリシア語はエイドーロンで、作られた形あるもの、心惹かれるものを表します。免罪符も同様に真の信仰から引き離すもので、ヨハネの手紙一では、とりわけ、反キリストと呼ばれる者たち(2:18, 22; 4:3)、つまり、主イエスの受肉を否定して共同体から出て行った者たちとその教えが念頭にあったと考えられます。
しかし、主イエスは、この手紙の冒頭にあるように、「わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたもの」(1:1)であり、「御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます」(1:7)とあるように、受肉して十字架にかかり、私たちの救いを成就してくださったお方なのです。私たちが、「偶像から身を守る」方法は、「御父の内に、御子の内にいつもいる」(2:24, 27, 28; 3:6; 5:20)ことであって、これが、現代の戦争、疫病、自然災害の脅威の中でも平安を与えられ、また、自分に迫り来る苦難に打ち勝つ秘訣なのです(5:5)。