2021年11月21日の礼拝宣教から

「人生の土台」   マタイ福音書7章24-29節

吉田 隆 牧師

東日本大震災で多くの人々が犠牲になりましたが、難から逃れた人が、生きていてよかったとは言わずに、なぜ自分が生き残ったのかを問いました。このコロナ禍の中では、何のために何によってどこに向かって生きているのかを誰も教えてくれません。何千年にもわたって無数の人々を生かし、確信と希望を与えてきたのは聖書です。人間とは何なのかを教えてくれる唯一の書です。主イエスは言われました。「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。 わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」(7:24~27)と。立派な家、つつましい家があるでしょう。その家を建てるのに苦労し何年もかかる場合があります。しかし、どういう家を建てるかでなく、どこに建てるのか、どんな土台の上に建てるのかが問題です。家は人生そのものです。岩は聖書でありイエス・キリストです。この上に家を建てるならどんな時も私たちを救い上げてくださいます。この揺るがない土台の上に家を建てるように、そういう人生を歩んでいただきたいと思います。           (文責:津村春英)