2021年4月4日の礼拝宣教から   

『あの方は復活なさった』 マルコによる福音書16章1-8節

牧師 津村春英

イースターということば自体は聖書には出てきませんが、良く知られているように、主イエス・キリストの復活祭なのです。日曜日の朝早く、女性たちは墓に向かいました。彼女たちは主が葬られるのを見ていました。その墓の前にはとてつもない大きな石が置かれてあることも知っていましたが、信仰をもって進みました。すると、その石は、動かされていて、墓に入ることができたのです。そして、そこで彼女たちは天使に出会い、「あの方は復活なさった」ということばを聞いたのです。

鈴木正久牧師はその著で「私たちが、この復活のよろこばしい日に主をあがめる、主のみわざを賛美する、何かを主に捧げるとすれば、それはどういうものでしょうか。…それはあの弱さを清算することだということです。」と書いています(『鈴木正久説教集』)。私を信仰に導いてくださった米国人宣教師夫人マリアン・ソーリ師はリタイヤされた後に、顔面に悪性黒色腫を発症し、ついには失明に至りますが、「次に私が目にするのは、天国に私を迎えてくださる私の救い主、イエス・キリストのお顔です。」と私に最後の手紙をくださいました。彼女は、痛み、苦しみ、弱さ、死の恐れの中で、この復活信仰をもち続けたのです。私たちはどうでしょうか。