2019年3月24日の礼拝宣教から

『キリストの勝利の行進に連なる』コリント信徒への手紙二2章5-17節

主幹牧師 津村春英

 選抜高校野球が始まりました。開会式には入場行進がありますが、古代の戦いにおける勝利の行進(凱旋)のときには、香をたいたそうです。パウロは、「神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、わたしたちを通じて至るところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます。」(2:14)と書いています。キリストは私たちの身代わりとなり、犠牲となって、ご自身を神に献げられる香り(ユーオディア)となられたのです。そして、このキリストを信じる者もその香りを放つ者になるとあります。

 では、キリストの勝利の行進に連なるためには、わたしたちはどうあるべきでしょうか。その一つは、人を赦すことだとパウロは言います。「あなたがたが何かのことで赦す相手は、わたしも赦します。わたしが何かのことで人を赦したとすれば、それは、キリストの前であなたがたのために赦したのです。」(同10)。

 故F兄は、長年にわたり教育者として社会で貢献された後、晩年に救い主イエス・キリストを受け入れられました。その後、いわれのないことで非難され、人を赦すことの難しさにずいぶん悩んでおられた時期がありましたが、毎日曜日の玄関看板書きのご奉仕を通して克服されていかれました。わたしたちがキリストの勝利の行進に連なるために何をなすべきでしょうか。