2025年11月2日の礼拝宣教から

「神の恵みを無駄にしない」 ガラテヤ2章15-21節

津村 春英 牧師

 金木犀の香りにうっとりします。「金銀の木犀をわが父母とせむ」(鷹羽狩行)とありますが、今日は合同召天者記念礼拝を献げています。時に、先に逝かれた人々を思い起こすことは、人として大切なことだと思います。そして、私たちに残してくれた有形無形のものを大切にしたいものです。

 今、特定の企業への悪意のランサムウェアにより、システム障害が発生し、生活に支障が生じています。ランサムは身代金を意味し、重要なデータを人質にしています。太宰治『走れメロス』では、人質の友のために必死に走る主人公の「信実」(太宰はこの漢字を使用)さが称賛されます(cf.イエス・キリストは、「多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た」マタイ20:28)。

 キリスト信者を迫害していたパウロは、神秘的な体験の中で主イエスに出会って生き方が180度転換し、「私が今、肉において生きているのは、私を愛し、私のためにご自身を献げられた神の子の真実によるものです。私は神の恵みを無駄にはしません。」(ガラテヤ2:20-21・聖書協会共同訳)と述べています。下線部の従来訳は、「神の子に対する信仰による」でしたが、新しい知見では、父なる神の御旨を実行された、神の子、イエス・キリストの真実(cf.上記、信実)による、となっています。私たちもこの神の恵みを無駄にしてはなりません。