「その名はイエス」 マタイによる福音書1章18-23節
津村春英牧師
最近はインターネット空間でSNS(Social Networking Service)による匿名での言葉の暴力が問題になっています。堂々と自分の名前を出して発言すべきです。親からもらった名前ですが、そこには命名者の思いが込められている場合もあります。
神様から遣わされた天使が、「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」(マタイ1:21)と伝えました。「イエス」という名は、マタイ福音書のヨセフの系図には出てきませんが、旧約聖書のアブラハムの後継者ヨシュアのギリシア語訳で、イェホシュア「主は救う」がイェシュア「救い」になったと言われます(ランデルマン真樹『ヘブライの宝物』、13-14頁)。
イエス・キリストは、時のローマ帝国に一矢(いっし)を報いて、その圧政からの解放をもたらすのではなく、むしろその逆で、ローマ帝国の手によって十字架にかけられることによって、ご自分を信じるすべての人の罪を贖われ、人々を救われるのです。それは父である神様のお心であり、イエスご自身もそれに従われたのです。♪ 伝えよ、そのおとずれを。広めよ、きよき御業を。たたえよ、声のかぎり(讃美歌Ⅱ219さやかに星はきらめき)!