「私たちにふさわしい大祭司」 ヘブライ人への手紙7章20-28節
津村春英牧師
私は和歌山出身で、「ザ行」は意識しないと発音できません。AI技術が字幕を自動的に作成してくれますが、忠実に(?)「ダ行」に変換します。和歌山弁の私に「ふさわしい」システムにはなっていません。私が矯正すべきですが…。
イエス・キリストは、レビ系列の祭司たちとは違って、「あなたこそ、永遠に祭司である。」(詩編110:4からの引用)という「神の誓い」によって大祭司になられたと繰り返し説明され(ヘブライ6:17;7:21,28)、「このようにして、イエスはいっそう優れた契約の保証となられたのです。」(7:22)とあります。下線部は新約聖書中この箇所にだけ出てくるギリシア語ですが、「保証人」とも訳せます。それは、現代日本の民法の「連帯保証人」のようで、旧約聖書続編シラ書の「保証人の恩を忘れるな。お前のために自分の命を献げてくれたからだ」(29:15)のようです。つまり、イエス・キリストが大祭司として、自らの十字架の血をもって私たちの罪を贖ってくださったので、私たちは例外なく、神に近づくことができるようになったのです。まさに、「私たちにふさわしい方なのです。」(ヘブライ7:26・聖書協会共同訳)。♪「この世の波風さわぎ、いざないしげき時も、悲しみ嘆きの嵐、胸にすさぶ時にも、御前に集い祈れば、悩み去り憂きは消ゆ、いざ共にたたえ歌わん、恵み深き主の御名」(讃美歌第二篇157)。