「信仰による義」 ローマの信徒への手紙3章21-26節
津村春英牧師
今日は宗教改革記念として礼拝を献げています。宗教改革は、1507年、マルティン・ルターが時のローマ・カトリック教会が発行した免罪符(贖宥状)に反対して、ヴィッテンベルク城教会の門扉に95箇条の論題を張り付けたことに始まると言われています。そして、ローマ3:28「なぜなら、わたしたちは、人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰によると考えるからです。」(新共同訳)の下線部は、ルターが訳したドイツ語訳聖書では、「信仰のみによる」、と「のみ」alleinが付けられているのが特徴的です(Luther 1945 German Bible)。
では、「信仰のみ」と言っても何を信じるのでしょうか。新共同訳の「すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。」(3:22)の下線部は、聖書協会共同訳(2019初版)では、「イエス・キリストの真実によって」と訳されています。さらに、「神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。」(3:25)とありますが、私なら、下線部の原語は、「その血による真実さを通して」と訳します。なぜなら、宗教改革の精神は、次のルターの言葉にあるからです。「義認について語る時には…キリストはどなたであり、キリストがわれわれのために何をしてくださったかが問題なのである」(WA40.1.241.)。