「憐れみ深い、忠実な大祭司」 ヘブライ人への手紙2章10-18節
津村春英牧師
後期高齢者の健康診断のために、ある医院に行きました。人は病(やまい)を避けて通れません。ギリシア語アスセネイアは、「病」と「弱さ」を意味する語で、ヘブライ書には、イエス・キリストについて、「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。」(4:15)とあります。
大祭司の務めについては、旧約聖書で、アロンとその子らが、年に一度、贖罪の日に、聖なる場所で、雄牛と雄山羊の血を振りまいて贖罪の儀式を行ったことが書かれてあります(レビ記16章)。ヘブライ書では前記のように、イエス・キリストがこの大祭司であって、「雄山羊と若い雄牛の血によらないで、御自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。」(9:12)とあります。また、「イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。」(2:17)とあります。「憐れむ」とは、「その人の必要に応じること」で、「忠実」とは「真実」とも訳せ、主イエスは、父である神のためにはその御旨を忠実に実行され、私たちのためには真実をもって、十字架の死によって罪を贖ってくださったのです。あふれる感謝を心からささげましょう。