「私たちは神の家か」 ヘブライ人への手紙3章1-6節
津村春英牧師
7月28日に熊本で発生した大地震で多くの犠牲者が出ています。猛暑の中、被災地の皆さんの健康が支えられ、必要が満たされ、復旧が進むよう祈らねばなりません。人は病気だけでなく、災害も避けることはできません。その道の専門家は予知や予防の研究にいそしんでいますが、やはり限界があります。もし遭遇しても、希望を失わないことです。
ヘブライ書には、「大祭司であるイエスのことを考えなさい」(3:1)とあります。下線部は「よく考えなさい」が正確な意味で、私たちの罪を贖うために、ご自分の十字架の血をもって大祭司の務めを成し遂げられました。また、「キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし確信と希望に満ちた誇りとを持ち続けるならば、わたしたちこそ神の家なのです。」(3:6)とあります。この「神の家」は「神の家族」を意味し、罪を贖われた私たちこそ神の家族であり、この家族をキリストが治めていてくださっているというのです。ただし、条件があります。私たちが、「救われているという確信」と「誇ることのできる希望」(上記下線部の解釈)を持ち続けるということです。あなたはどうでしょうか。信仰の先達はどうだったでしょうか。「彼らの生涯の終わりをしっかり見て、その信仰を見倣いなさい」(13:7)。